歯と口の健康

口の働きと機能

口の機能が障害を受けた時、その人の悩みは深刻です。胃が少々痛んだり、風邪を引いたとしても自家療法で治してしまう人でも、歯の痛みは耐えられないと 言います。そして、痛みもつらいが、食事が出来ないことがさらにつらいのです。この簡単な事実は、口がいかに重要であるかを物語っています。
口は消化管の入り口として、食べ物をくわえ、歯で噛みくだき、咀嚼して味わい、嚥下をします。この時、唾液が分泌されます。唾液は口の健康や全身の健康を 維持するためにとても大切な万能薬みたいなものです。
口は呼吸道(呼吸、せき、くしゃみ)としても働き、会話によって他の人との意思の疎通ができます。その他、手にかわって物をくわえたり、楽しい時は口笛を吹き、闘争の武器として噛みつき、愛情交換にもなかなかの役割を演じています。health1唇や舌の尖端の感覚は口の奥の構造より鋭敏で、毒物や腐ったものなどの危険物が消化管に入らないように、いち早く察知するレーダーの役目も担っています。
一般に、毒物や腐ったものはすっぱい味、にがい味をしていますが、すっぱい味は唾液を反射的に多量に分泌させることが出来ます。すっぱい味を持つ物質を薄め、洗い流してしまうための生体の防衛的現象と考えられています。
このように口には多くの働きがありますが、われわれに「食べること・味わうこと」の楽しみを与えてくれます。よく噛んで食べることは、生命と健康を維持し、身体の健全な発育を達成するために欠くことの出来ない機能といえるのです。

噛む健康法【噛めば噛むほどダイエット】

1967年アポロ計画によって人が宇宙に行けるようになりました。当時の宇宙食は、噛まなくても飲み込めるチューブ食で栄養補給をしていました。近年では、噛む事が出来る宇宙食に工夫されているそうです。その理由は噛まないとストレスがたまり情緒が不安定になるからだそうです。噛むことは、単に生きるためだけに必要なのではなく、心と体の健康にとっても大変重要なことなのです。
食べ物を良く噛んで食べることによって、次の効果があるといわれています。

  1. 唾液の消化酵素が出て、栄養分が吸収されやすくなる。
  2. 唾液腺とすい臓を活性化させ、連携して消化活動が盛んになる。
  3. 唾液腺ホルモンの働きにより、骨、筋肉を丈夫にし、老化防止の効果がある。
  4. 唾液のペルオキシダーゼ酵素は発ガン物質の毒性を抑える。
  5. 唾液は粘膜を保護する成分や殺菌作用をもち、口の中の衛生に役立つ。
  6. 脳細胞を活性化し、精神的ストレスの解消をはかる。
  7. 唾液のアミラーゼ酵素によって、血糖値が早く高まって満腹感が得られ、肥満防止に役立つ。

今から100年くらい前のアメリカで、良く噛んで30キロも減量に成功したという「フレッチャーの噛む健康法」が日本にも伝わっています。
『 陽気で働き者のフレッチャーさんは、商売が成功して有名な実業家になりました。お金持ちになったフレチャーさんは、朝・昼・晩フルコース、デザートたっぷりの食生活をして、良く噛まずにおいしいものばかり食べていました。
ところがある日、鏡に映った自分の顔は、青白く、ブヨブヨ太った、いかにも不健康な人に変身しているのに気がつきました。食欲もない、体もだるい、気分も悪い、働くことさえおっくうになっていいことがありませんでした。
そんな時、一軒の家族の食事風景に出会いました。質素な食卓でしたが、家族4人は、実に楽しげに一品ごとしっかり噛んで味わって食事をしていました。噛んで味わう幸せを教えてもらったフレッチャーさんは、その後よく噛んで食べることを心掛けて、すっかりスリムな元の体と元気をとりもどしたそうです。』
フレッチャーの噛む健康法の内容は、《本当におなかがすいた時に食事をとり、なんでも良く噛み、口の中でとろとろになり自然に飲み込まれるようになるまで噛む》というものです。
「良く噛んで食べる」グループと同じ食事をミキサーにかけ「流動食として、チューブで口から胃の中に送り込む」2つのグループに分けて、エネルギー代謝の違いを調べた研究があります。 「良く噛むグループ」はエネルギー代謝が活発で、流動食グループより4倍も大きく、消費されて肥満にならない。それに対して、「流動食グループ」はとりこんだエネルギーを効率良く体脂肪として蓄積し、肥満になりやすいことが分かりました。(カナダ・ラバル大学 ル・ブランク教授)
全身運動のジョギングは、心臓や肺やホルモンの働きを高め、血のめぐりをよくします。よく噛んで食べることは口のジョギングともいうべき健康法なのです。

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“8020” 【食べる楽しみ、いつまでも】

日本歯科医師会や厚生省は、高齢になっても20本の歯があれば十分な咀嚼が可能であるという研究結果から、「80歳になっても20本の歯を残そう」と具体的目標を掲げて8020運動を展開しています。高齢になっても自分の歯でしっかり噛んで、何でも食べらる喜びは何事にも変えがたいものです。
高齢になっても歯が揃っていて、自分の歯で噛むことが出来る人もいれば、歯を全部失った人もいます。また、義歯の助けを借りて咀嚼している人もいます。このように個人差が大きいのですが、厚生省の歯科疾患実態調査によると、昭和62年の調査では、80歳で5本の歯しか残っていませんでしたが、 平成11年には8本に増えています。現在 “8020”達成者が15.3%だそうです。
岡山大学予防歯科学教室の渡邊教授は、歯が抜かれる原因を調査した結果、虫歯が進行した場合が55%、歯周病が進行した場合38%、その他7%であったと述べられています。歯がなくなる原因はほとんど虫歯と歯周病という病気なのです。health3若い時は虫歯が原因で抜かれ、中年になると歯周病が原因となり、高齢者では虫歯と歯周病の、両方の原因で歯が抜かれているのだそうです。
歯や口は体の消化器の一部を構成していますが、生きるためだけでなく、生活するためにも必要な多くの機能を備えている臓器です。人間の体には老化という現象がありますが、高齢になっても、目や鼻、手足が無くならないと同じように、健康な状態では、歯も加齢とともに自然に失われてしまう臓器ではないのです。しかし、虫歯や歯周病があると、加齢による体の抵抗力の弱まりによって、病気が進んでしまいます。
歯を守るには、病気の予防を第1に考えなければならないのです。
われわれは、誰でも若さを保ち、生甲斐のある人生を送りたいと願っています。歯や口の健康は、あらゆる健康の元となります。いつまでも健康で、美味しく食べられる喜びを味わいたいものです。”8020”はそれを追求しているのです。

虫歯予防【治療から予防へ】

口の中には何百種という細菌が住んでいるのですが、その中で歯の表面に糊のようにくっつく性質をもった細菌の代表がミュータンス菌です。歯垢中のミュータンス菌は糖やデンプンを分解して酸をつくります。酸によって歯の表面が溶かされ虫歯が出来てしまいす。虫歯に関係する細菌はほかにもいますが、初めに歯に付着する細菌がミュータンス菌なので、虫歯菌と呼ばれています。
虫歯は人により、年齢により、歯の場所により、かかりやすさと、かかりにくさがあります。大人の歯に比べ、乳歯や生えたばかりの未熟な永久歯は虫歯にかかりやすく、歯周病で歯肉が下がり歯の根が露出すると、弱い酸でも溶かされるので歯根面に虫歯が出来やすくなります。
ミュータンス菌は、ほとんどの人の口腔内に住みついていますので、ミュータンス菌を減らす方法を知らなければなりません。

  1.  歯ブラシ、デンタルフロス(糸ようじ)などの清掃用具を使って、歯垢を取り除くことです。虫歯にかかりやすい人は、食前、食後、間食後にも歯磨きをしたほうがいい場合もあります。
  2.  虫歯菌の栄養源は砂糖やデンプンですので、甘い物や砂糖が入った飲み物をダラダラ摂らないようにして、虫歯菌の増殖を抑えます。規則正しい食生活が大切です。
  3.  フッ素は歯面を強化して、再石灰化を促進する働きがあります。口の中にフッ素があると、抗酵素作用や抗菌作用によって細菌が酸を出しにくくなります。フッ素にはフッ素入り歯磨き剤やフッ素洗口、フッ素塗布などがあります。
  4. キシリトールは、天然素材から人工的に生産されている天然素材甘味料です。キシリトールを一定期間摂取すると、ミュータンス菌の質が変わり歯面から歯垢が剥がれやすくなるそうです。通常は100%のキシリトールガムを噛みます。キシリトールの利用は追加型の予防法と考えられています。
  5. ミュータンス菌などの虫歯に関係する細菌のほかに、飲食の回数、唾液の量などが虫歯のリスクを左右する重要な因子です。
    飲食の回数が多い人は、虫歯にかかりやすくなります。食事するたびに歯の表面が細菌のために溶かされますが、食後しばらくすると、唾液の中のカルシュームイオンなどが歯に沈着して、再石灰化をして元の状態に戻ります。しかし、のべつ幕なしに食べたり飲んだりしていると、歯の脱灰時間が、再石灰化時間を上回るために歯が溶かされて虫歯になっていきます。
  6. 唾液の洗浄作用によって、細菌の増殖を抑えたり、歯の表面にできた酸を中和させる働きをしています。唾液の中和能力(緩衝能)が高い人は虫歯になりにくいことが知られていますし、唾液の量が少ない人は虫歯の危険性が高くなります。寝る前に飲食をしてはいけないのは唾液の分泌量が少なくなるからです。
  7. 生まれたばかりの赤ちゃんの口の中には細菌がいないのですが、生後18~30ヶ月の間にミュータンス菌が主に母親から感染して、子供の口の中に定着します。母親の口の中に虫歯菌が多いと、子供に感染させやすくなり、生えたばかりの幼弱な乳歯が危険な状態にさらされてしまいます。ミュータンス菌が子供に感染する時期を遅らせるだけで、子供の虫歯が少なくなることが分かっています。母親になる人は、虫歯を治療し、口の中の衛生状態を改善し口腔の管理に気をつけて下さい。health4

歯周病予防【歯周病は治る】

歯周病はサイレントディジーズと呼ばれ、歯周病の初期では多くの場合、症状を自覚しないのが特徴です。症状が出て歯周病に気づいた時には、すでに進行していて重症になっていることがよくあります。
「歯周病治療の必要性」について、東京医科歯科大学歯周病学教室の石川教授の疫学調査によると、歯周治療を必要としない健康な歯周組織をもった人は、20歳から59歳まで各年代で10%以下でした。90%以上の人は、何らかの歯周疾患をもっていて、歯周治療が必要であるという結果が示されました。
歯周病は歯肉炎と歯周炎(歯槽膿漏)に大別されます。
歯肉炎は、学童でも50%くらいが罹っている歯ぐき辺縁部の炎症です。
歯肉炎には次の症状があります。

  1. 歯磨きをすると歯ぐきから血が出る。
  2. 歯ぐきがピンク色でなく、赤っぽくなっている。
  3. 歯間部の歯ぐきがブヨブヨして軟らかく、丸みを帯びている。

歯肉炎の原因は歯垢ですので、歯と歯ぐきの境目にたまった歯垢を、毎日丁寧に取り除けば、元の健康な歯肉によみがえります。歯肉炎は自分で治すことの出来る病気といえるのではないでしょうか。
一方、歯周炎(歯槽膿漏)は誰の口の中にも住みついているごく平凡な細菌が、歯周組織にダメージを与え、歯を支えている骨をも溶かしてしまいます。
歯周病の自覚症状には、次のようなものがあります。

  1. 歯ぐきがむずがゆくなる
  2. 歯ぐきが痛い
  3. 歯ぐきが腫れる
  4. 歯ぐきから血がでる
  5. 歯ぐきから膿がでる
  6. 口がネバネバする
  7. 独特の口臭がある
  8. 歯が動く
  9. 硬いものが噛めない
  10. 歯と歯の間に食べ物がつまる
  11. 歯並びが悪くなった
  12. 水やお茶がしみる
  13. 歯ぎしり、くいしばりをする

歯周病は、細菌と体の抵抗力(防御機構)とのバランスが保たれなくなった時に、発症します。体の抵抗力が弱まると、細菌の勢力が強まって進行するということです。進行を左右する要因は次の通りです。

  1. 歯垢(プラーク)の量と質:口腔清掃の仕方、食生活によって良くも悪くも変わる。
  2. かみ合せの安定:歯に異常な外力が加わらないようにする。
  3. 喫煙:細菌に対して体の抵抗力を弱めてしまう。
  4. かみしめ・歯ぎしり:無意識下のかみしめは、細菌の攻撃を助ける。
  5. 全身疾患:糖尿病などの病気や、過労による抵抗力の衰えが、歯周病を悪化させる。

歯周病は、歯と歯ぐきのすき間に細菌がたまり、それが原因ですき間(歯周ポケット)がどんどん深くなってしまう病気です。しかし、初期の歯周病は治りやすいので、歯周病の検診を受けて 「早期発見・早期治療」 の原則にしたがって、歯周病を治し、口の健康を維持したいのものです。

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オーラルケアが命を守る

1998年、UCLA大学歯学部のマイケル・G・ニーマン教授らは歯周病が全身疾患の引き金になる危険因子であることを科学的に明らかにし、アメリカ全土で反響を呼んだというニュースが、日本にも紹介されました。
それによると

  1. 歯周病に罹患している人は、そうでない人より循環器系疾患に対するリスクが高い。
  2. 中等度から重度に進行した歯周病に罹患している女性は早産・抵体重児を出産するリスクが高い。
  3. 糖尿病患者では、歯周病を治療しておけば糖尿病の管理も良好であるが、未治療のまま放置すると血糖のコントロールが困難になる。
  4. 歯周病の患者では、呼吸器系の疾患が多発している。
  5. 骨粗鬆症があると歯周病になりやすいが、逆に歯周病により骨粗鬆症にもなりやすい。

これらの研究によって、歯周病を放置すると歯周ポケットにいる嫌気性菌が内毒素を出し、その毒性成分が血液中に入りこんで、口の中にとどまらず全身の思わぬところの病気の原因になることが分かってきました。
老人の誤嚥性肺炎は、口の中の細菌が原因で起こる病気ですので、寝たきりになっても口の中を清潔に保つことが必要なのです。

ホームケア(セルフケア)で爽やかに

口の中には300種類ほどの細菌がいて、歯垢1mg中には10億個の細菌が住んでいるといわれています。口に中が汚れていたり、喫煙をしている人ほど細菌が住みやすく、何十億、何千億、一兆とネズミ算的に増えていきます。health6

平成7年に実施された鳥取県歯科疾患実態調査によると、毎日歯を磨いている人は98%、虫歯の有病者率は95%、1人平均虫歯経験歯数18本、歯肉に所見のある人は67%、(40代は78%)、喪失歯のある者66%、1人平均喪失歯数5.24本でした。
ほとんどの人(98%)は毎日歯を磨いています。それにもかかわらず、ほとんどの人は虫歯(95%)や歯周病(67%)に罹り、1人18本の虫歯を経験し、5本の歯を失ってしまっています。毎日歯を磨いているのになぜ虫歯や歯周病になってしまうのでしょうか。
歯の病気の原因である歯垢が、病原性を発揮しないように、清掃などによって口の中を維持管理することを、プラーク・コントロールといいます。家庭で行なうプラーク・コントロールをホームケア(セルフケア)といいます。
現時点では、歯ブラシやデンタルフロスなどの補助用具を用いた清掃が、家庭で行なう最も信頼のおけるプラーク・コントロール法です。歯ブラシは、臼歯の幅の広い接触面(隣接面)にはほとんど届きません。歯ブラシだけすべての歯面を清掃することは物理的に無理なのです。 「歯ブラシで清掃できる歯面」と「歯ブラシの毛先が届かない歯面」を区別することが大切です。通常、歯ブラシの毛先が届かない隣接面や歯間部の歯ぐきのすき間(歯肉溝)は、デンタルフロスなどを中心にしてプラーク・コントロールをする必要があります。
日常行なわれている歯磨きは、「病気に最も罹りにくい場所」に集中しており、「病気に最も罹りやすいところ」の清掃がなされておらず、予防効果が上がらないと考えられます。歯科疾患実態調査は、このことを証明しているように思います。
口の環境は、年齢、食習慣、健康状態などによって個人差があります。家庭で行なうセルフ・ケアは、自分に適した最も効果的なプラーク・コントロール指導を受けて実行することが大切です。そして、口の中は定期検診によって管理し、いつも爽やかにしておきたいものです。

参考文献

1)河村洋二郎:口腔生理学.永末書店.  2)「噛まない人はだめになる」.風人社. 3) 住田実:幻の女王・卑弥呼の食生活の秘密.東山書房. 4)歯科疾患実態調査報告.厚生省健康政策局.財団法人口腔保健協会. 5)上条英之:平成11年歯科疾患実態調査の結果からみる国民の歯科保健動向.歯科医展望,96(2):249~254,2000. 6)熊谷崇、秋元秀俊:「歯科」本音の治療が分かる本」.法研. 7)Per Axelsson D.D.S. Odont.Dr. 臨床予防歯科の実践.EIKO CORPORATION. 8) 伊藤公一:もっと知りたい歯周病学 Q&A.デンタルハイジーン別冊.医歯薬出版.1994. 9) 日本歯科新聞.2000年3月21日10) 平成7年度鳥取県歯科疾患実態調査報告書、鳥取県、鳥取県歯科医師会

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